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ナカザンドットネット

Android Developer's memo

読み書きソロバンから、読み書きコンピュータへ

雑想

BBCさんの取り組みがあまりにもアツくて、ちょっと気持ちが盛り上がってしまったので、今回は珍しく、かなりポエミーな内容を書きたいと思います。

読み書きソロバンの時代から、読み書きコンピュータの時代へ。

英国BBC、ミニ基板コンピュータ『Micro Bit』100万台を無償配布。中1生全員にコーディング教育 - Engadget Japanese

全ての人がコンピュータを自在に操れる数十年後の世界に向けての取り組みが、どんどん増えてきています。

Scratch - Imagine, Program, Share

Kano - Make a Computer

こういった取り組みへのコメントを見ていると、「普通の人がコンピュータを覚える必要なんて無い」と言った意見を見かけます。これは、昔の下流階級の人々が「普通の人が文字を覚える必要なんて無い」と言っていたのと同じことだと、私は思ってます。

手紙を書くにも、文字の読み書きができる人を探してきて、お願いするなりお金を払わなければいけなかった時代。現代の、プログラミングができる人、できない人の関係と似ていますね。

プログラマーは職を失うのか

(私はプログラマーなので、ここから先の話はプログラミングに寄ります。コンピュータの広大な分野の中から一部分だけをピックアップすることをお許し下さい。)

こんな話をすると、「普通の人がプログラミングできるようになったら、プログラマーが職を失うじゃないか」という話が出てきますが、そうです、一般の人々が最低限作れるような、メモ書きレベルのプロダクトしか生み出せないプログラマーは職を失います。代筆を生業としていた人々も、同じく職を失っていったのでしょう (要出典) から、自然な流れです。

では、文章を書くプロの仕事はなくなったのでしょうか。そうではないのです。 作家、記者、詩人、作詞者、脚本家。現代でも、文章を書くことを生業にする人たちは、確かに残っているのです。

プロであるということ

プログラミングによってものを作る職業は、きっと無くなりません。

ですが、おそらく、他人に頼まれたものをそのまま作る、という仕事は、少しずつ少しずつ、なくなっていくのでしょう。だって、ちょっとしたものならば、世間一般の(私達の子の世代や孫の世代の)人々は、自分で作れてしまうのですから。現在でも、Excelを上手に扱える人々は家計簿ソフトなどを買うことなく、家計簿を電子的に作成・集計できている*1ことを考えると、その片鱗は少しずつ現れているとも言えます。(Excelの式を書く作業は紛れも無くプログラミングです)

基板となる技術が一般に普及した後にも、生業としてお金を稼ぐことができるのは、その技術を「上手く」使って、他人にとって価値のあるものを生み出せる人です。私は、そう思っています。

識字率の上昇に伴い職を失っていった人がきっといたように、識コンピュータ率の上昇によって、職を失う人々が出てきます。でもきっと、その後にプロの仕事として残ったものが、プログラミングの、エンジニアリングの、本質的な価値なのではないでしょうか。

10年後なのか50年後なのか分かりませんが、そんな時代がいつかやってきます。

その時に向けて、エンジニアとしての自分の価値を、見直し続けていけたらいいなと、そんな風に思うのです。

どっとはらい。

反省会

タイトルはソロバンとコンピュータの対比みたいになってたのに、実際には識字率にしか注目していなかったことに書き終わってから気がついた。まあ寺子屋教育が日本にもたらしたもの的なニュアンスでなんとか。

*1:もちろん、クラウドにアップロードしたりといった付加価値の点では、市販のものに分があります