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ナカザンドットネット

Android Developer's memo

「ブログを書くまでが勉強会です」を実践して来なかったことへの懺悔

雑記

6月もそろそろ終わりますね。
このブログを見てくださってる方々は「なかざん、ブログ書く頻度多くになったなあ」とか思っていただいているかと思います。
それもそのはず。今月は密かに「”ブログを書くまでが勉強会です”実践月間」と位置づけて、できる限り、勉強会に出たことや、日頃調べたりしたことをブログにまとめるように心がけていました。

この記事で今月10個目。6月はあと1週間近くありますから、その間にもう2つほど記事を書けば、月間の記事数は人生トップになります。おそらく、現時点でも記事の文章量だけで言えば人生初の分量を書いていることでしょう。

「”ブログを書くまでが勉強会です”実践月間」は、大成功に終わりそうです。

今月参加した勉強会の記事

2つだけといえば2つだけなんですが、Niigata.pmの記事にスターが沢山ついていることからも分かるように、当日参加した方々から読んでいただいたり、Twitterでシェアしたりしていただけました。

参加者同士がレポ記事を書くことでさらに繋がっていく。勉強会当日に気付けなかったことが、さらに深みを増して自分の糧となる。「ブログを書くまでが勉強会です」という言葉の意味と意義を、初めて実感しています。

自分がやってきた勉強会はどうだったろう

日本Androidの会 新潟支部とか、Corona SDK方面とか、この2年間、ちょこちょことイベントは開いてきましたが、そのレポ記事を書いたことは、ほとんどありませんでした。
主催者がこのザマなので、参加者の方々もブログで感想を書いてくれることは稀でしたし、意義を理解できていなかった僕は呼びかけることすらしたことがありませんでした。

言っちゃえば、僕がブログでレポ記事を書かないということが、きっと僕がやってきた勉強会をインスタントに消費される勉強会に貶めてしまっていたのではないかなと思うのです。楽しさも、熱気も、そのときその場所にいた人たちだけで消費しきってしまう。外にも後にも残る記録がない。記憶の中にしか残らない。そして記憶に残っているだけの情報は、そうそう外には伝わらないし、いつかは薄れていってしまう。
もちろん、参加しなかった人が記事を読んだからって当日の臨場感を体験できるわけではありませんが、それでも伝わるものはあるはずです。そして逆に、参加した人であれば、記事を読んで当日の臨場感を鮮明に思い出すことで、楽しさや熱気を追体験できるのでは。

これまで、たくさんのイベントを終わらせてあげられなかった。正直、後悔してます。

これからの僕が(そして僕らが)やるべきこと

イベントをやったら、楽しさを、熱気を、ブログ記事として「形にして残す」。
主催者はもちろん主催者視点での記事を残すべきだし、参加者にも参加者視点での記事を残してもらえるように呼びかける。


まずは、来月のJSON日の金曜日半分ジョークで企画した勉強会でしたが、思った以上にガチなものになりそうです。
自分で勉強会を企画するのは、たぶん去年の11月以来です。今回からは、レポート記事を書いて、自分が主催する勉強会たちに引導を渡してやります。


ブログを書くまでが、勉強会です。